ソニア・ヘニー(ノルウェー)サンモリッツ、レークプラシッド、ガルミッシュ・パルテンキルヘン:フィギュアスケート女子金 |
冬季五輪でもっとも華やかな競技、フィギュアスケート。ヘニーはその最初期を彩った大スターで、まさに初代“銀盤の女王”だった。 1923年、弱冠11歳で全ノルウェーフィギュアスケート選手権に優勝し、早熟の天才の片りんを見せ付ける。五輪には第1回のシャモニー・モンブランから出場、 この時は出場選手8人中最下位となり、さすがの天才少女にも世界は荷が重いか、とも言われたが、その後のバレエとの出会いがヘニーを変える。 バレエのスピンやジャンプを取り入れた、独特の演技を作り上げ、16歳で出場したサンモリッツ大会で「スケートを芸術の域にまで高めた」と評され、初の金メダル。 レークプラシッド、ガルミッシュ・パルテンキルヘンでも他を寄せ付けず、3大会連続金メダルという空前絶後の記録を達成した。 五輪以外でも、国内選手権6回、欧州選手権8回、世界選手権10回と勝利の記録を重ね、戦前のスケート界を一身に背負った活躍を続けた。 小柄ながら、華麗な滑りが特徴。ガルミッシュ・パルテンキルヘン大会終了後、 36年には、プロに転向。「銀盤の女王」など10本の映画に出演したほか、アイス・レビュー団を率いて各地で公演を行い、 コミック、チームダンス、コーラスなど、今日のアイス・レビューの基本を作り上げた。 ショービジネスの才能もスケートそのものに負けず劣らず秀でていたようである。 晩年は白血病に侵され闘病生活を送り、1969年、旅の途上で死去した。 |