Appleが発表できなかった 「重大ニュース」とは何だったのか?
[Wednesday, December 3, 1997]
| ▲1997年11月10日,米Apple社は「会社の経営スタイルの変更を伴う重大な発表をする」と前置きして,大きな記者発表会を開いた。 ▲席上,暫定会長であるSteve Jobs氏が新機種と,Web店鋪の開設を発表したが,これがAppleの発表しようとした新しいビジネス戦略だったのか?? ▲Appleのお膝元,シリコンバレーでハイテク企業向けに長年投資顧問をしてきたMartin Mazner氏が鋭い分析を試みる。 |
米Apple社は,「社の歴史上,最も重要な一大プレス・コンファレンス」と称する催しを1997年11月10日に行った。そこには,6台近い衛星中継車,数多くの地元Silicon Valleyテレビ放送局のレポーター,数百人ものコンピューター関係の記者,そして,大事な場面ではキューに合わせてタイミング良く拍手喝采を行うよう言い含められた3000人のアップル社員達が駆け付けた。
この万全の体制で用意されたコンファレンスのただ1つの不満点と言えば,何1つ有意義な発表がなかったことぐらいだ。そこに集まった関係者はもっと別の目的でそこに呼ばれたのだとみんなが思っていた。しかし,発表は新製品とWeb上でマックが買えるようになったという話だけだった。たったこれだけのためにベンチャー・キャピタリストや,投資顧問達が集まってくるはずがなかった。何かとんでもない手違いがあって本当のニュースが発表されなかったのではないか,と思わせるに十分だった。 | |
1週間前にAppleのPRスタッフがコンファレンスの招待を始めた時,声をかけられた関係者の間で一同にAppleが何か重大なニュースを発表するだろうという憶測がSilicon Valleyを駆け巡った。普通,AppleのPR部隊は,プレスをイベントに呼ぶ事に関しては非常に淡泊なのだ。Appleのこれまでの歴史からいって彼等は,記者会見に出席できるのはとてつもない栄誉なことと考えているらしい。だから,彼らのする仕事といえば,丁寧に出席しませんかと耳打ちをするだけ。一言ささやけば,みんな吸い寄せられるように会見場に集まるのだ。しかも,その会場にはAppleの狂信者やシンパを集め,演壇でしゃべることに必ず拍手喝采が起こるように仕組んでおくのだ。
出張旅行をキャンセルしてでも 聞いてほしかった発表とは??
しかし,そのAppleに突然の変化が訪れた。今回はPRがとてもしつこく,強引だったのである。Appleのプレス・イベントではろくな発表があったためしがないので,私はAppleの記者発表会には滅多に出ないことにしている。Appleの本当のニュースなどは,関係者がいないところでAppleの社員が愚痴をこぼす時ぐらいしか得ることができないのだ。私にとっての最も信用のおける情報源といえば,Appleを退社して間もない人々である。実際,Appleの経営者の間で,私はAppleの人事部よりも,解雇されて間もない社員達の方を多くインタビューしているに違いない,と冗談交じりに言われているくらいだ。しかし,このあいだのAppleの態度といったら,私が最初の招待を断わってもなお,これを逃しては一大事件を見のがすことになる,といった警告つきの緊急電話をもう一度よこしてくる始末だった。
私はその時に思った。明らかに,Apple内で何かが起こったのは間違いない。以前からの読者の方は御存じのように,私はAppleの経営者の間での評判はとても悪い。その私にでさえ,突然宗旨替えをして強力になったPR部隊が,しつこく催促をしてくるのだ。
その時点でのAppleからの情報や,Silicon ValleyのAppleウォッチャー達の予測によると,プレス・コンファレンスの主題はOracleとのネットワーク・コンピューター提携発表もしくは,新しいCEOの指名になることが期待できた。Appleによく精通した某アナリストは,記者発表の場でOracleのApple買収話が出てくるのだと確信を持っていた。このアナリストは11月21日まで旅行の予定があるとAppleのPRに言ったのに,あまりに強くせがまれるのでしぶしぶ旅程を変更せざるを得なかったという。
イベントに出席することを余儀無くされた人々は,アメリカ国外にも及ぶ。彼等はわざわざそのために,Cupertinoまで飛んで来たのだ。私は,このためだけにヨーロッパからはるばるCaliforniaにやってきたマック雑誌関係者にも何人か出会ったものだ。
Steveの現実歪曲磁場 いまだ健在なり
そんなことがあったにもかかわらず,記者発表の場では,重要な発表が少しもなかったのである。私は,説明会での発表を聞いて,悪名高きSteve Jobs氏の持つ,現実歪曲磁場のような力がいまだApple内で強く働いていることを思い知らされてしまった。Jobs氏はAppleを創業したころ,現実を素直に認めない人間と評価されてきた。Jobs氏は彼独自のビジョンを提唱したが,それは実際市場に求められているものとは全く違う物だった。この方針がMacintoshに偉大な一歩を踏み出させたのは確かだが,同時にAppleのビジネスに大きな被害をも,もたらしてきたのだ。
例えば,Jobs氏はNeXTコンピューターにフロッピー・ドライブを搭載させなかった,という話がある。NeXTワークステーションは,よりエレガントで先進的な光磁気ディスクのみを搭載したのである。さらに,ソフトウエア・ディベロッパーにも,当時とても高価な光磁気ディスクによるソフト配布を要求した。ソフトウエア・ディベロッパー達は,NeXTが失敗に終わることに賭けて,要求に耳をかさなかったのだ。しかし,最近の報道によると,Jobs氏がもう少し成熟してAppleに帰ってきたと言われている。実際,いくつかの噂がJobs氏の横暴な「現実歪曲磁場」がもはや働かないことを示唆していた。
しかし,数週間ほど前,Jobs氏の発する現実歪曲磁場がCupertinoの記者発表会で働いていたことは間違いない。例のプレス・コンファレンスのカギとなる発表は,Appleが,米国のエンドユーザーにインターネットを通じて直接販売を行う,というものだった。Appleは,新しいWebベースの対話型ページを開き,受注生産でコンピューターを販売するという。さらにJobs氏は,数カ月前から噂のあった新型G3マックについて,公式発表も行った。
ただ,言ってみれば,この特大のニュースとは,Dell Computer社のMichael Dell会長が1996年以来Web上でやっていることや,Power Computing社が買収される前にやっていたことと全く同じことなのだ。確かに,インターネット上でのコンピューター販売はすばらしいアイデアだ。特に,製造者と顧客が直接コンタクトできる点で,価格と製品バリエーションに及ぼす利点が大きい。確かに,AppleはWeb上で豊富なバリエーション展開やオプションを持つこととなった。製造ラインもうまくコントロールすれば,納期も短縮される。しかし,もう1つ肝心なことを忘れてしまったようだ。それは価格である。
(全文は12月18日発売の本誌98年1月号に掲載します。ご期待ください)
Martin Mazner(マーティン・マズナー)氏はシリコン・バレー在中のベテランPCウォッチャー。1980年代に初のPCディーラー向けの雑誌を創刊。ごく初期のアシュトン・テイトに迎えられ副社長としてdBaseIII,Frameworkの開発に携わった。1987年から1990年まではMacUser誌の発行人として発行部数を30万部に押し上げた。テレビのショーを見るようにAppleの動きを見守るのが好きなひと。
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