Appleの新CEOは Jobs氏君臨中は決まらない
[Wednesday, February 25, 1998]
| ▲1998年1月6日,MACWORLD EXPO/ San Franciscoのキーノート・スピーチに立ったSteve Jobs氏は,講演をまさに終えようとしたときに,思わせぶりに黒字になったことを口にした。 ▲その黒字は果たして,Apple再生の糸口になるのか,それとも,再び奈落へ落ち込む前兆なのか?? ▲Appleのおひざ元,シリコン・バレーで長年投資顧問を続けるMartin Mazner氏が,インサイド情報をバックに鋭く分析する。 |
最近の米Apple社の動きは,1598年のWilliam Shakespeareが書いた名作,「Much Ado About Nothing(から騒ぎ)」を思い起こさせる。物語が書かれたのは,今からちょうど400年前の話,Shakespeareは無論Apple社などご存じないはずだが,この劇はAppleの出口の見えないどたばた続きの近況とぴったり一致している。
売り上げ,シェアともに下げ続けるApple
当たり前のことだが,ビジネスの世界で利潤があるというのは普通極めて好感をもって受け入れられる。特に,Appleのように重大な財政難に直面している会社にとってはなおさらのことだ。そのため,1997年10-12月の98年度第1四半期にAppleがついに利潤を出したという発表は,当初,各方面から拍手喝采を浴びるとともに世界中の人々が満足の意を表した。しかし,そのから騒ぎも,数週間も経つと現実という壁に突き当たってしまった。
その現実とは,Appleの売り上げ低下が未だに,食い止める術もないようなフリー・フォール状態にあることだ。表面上,一時的な利益が出たとはいえ,Appleの直面している状況は事実上何一つ変わっていない。Appleは,Intel,Compaq,Dell,Microsoft,Gateway,Toshiba,IBMを含む数百ものWintel標準組の会社に,今もって,真っ向から対立しているのだ。
Appleの第1四半期(97年10月,11月,12月)の売り上げは15.78億ドルだった。これは,前年同時期の21.29億ドルに比べると相当な落ち込みだ。ちなみに2年前の総収入は,これよりさらに大きく上まわる31.48億ドルだったのだ。PC業界全体では97年の伸びが12〜15%だったのに対し,Appleの四半期での売り上げは26%も落ちているのだ。また,シェアは現在Appleはもはや3%を下回っている。
もう1つ注目しなければならない点は,98年度の第1四半期の売り上げが,去年の第2四半期よりも低いことである。第2四半期(1月,2月,3月)の売り上げは常に,1年の内で一番落ち込むとされており,実際,97年度の第2四半期のAppleの総収入は16.01億ドルしかなかった。それらを考えると,残りの3四半期によほど劇的な変化でも起きないかぎり,Appleの年間売上げは,50億ドルをまず超えないことになる。
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●写真
暫定CEOのSteve Jobs氏は,98年1月6日のMACWORLD EXPOのキーノート・スピーチで「Think Profit.(利益について考えよう)」と切り出した。Steveがこんな発言をするのは珍しい
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不調のどん底にあるAppleがいかにして「黒字」を出したか?
そんな厳しい状況の中,Steve Jobs氏はどこから利潤なんてものを絞り出したのだろうか。Appleによると,その秘密は経費を極限まで切り詰めたところにあるという。気が抜けるほど単純極まりない答だが,それほど簡単な危機打開策をAppleはなぜこれほど長く暖めていたのだろう。私は,Appleには,もはや寸分も切り詰める無駄などありはしなかったのだと思っている。つまり,企業の生存のために不可欠な要素も大胆不敵に切り詰めてしまったのではないか,ということだ。もしこの考えが正しければ,98年度の第1四半期に一時的な利益をもたらした今度の経費削減は,長期的に見てAppleを利益の出る会社に再生させる戦略に何か悪い影響を及ぼすに違いないのだ。
私の予想を裏付ける例を挙げてみよう。1つは,Appleの米国におけるマーケティング規模が第1四半期に比べて,早くも一段と小さくなったことだ。私が持っているApple社内の情報源によると,最近,Appleが打ち出した「Think different」というキャンペーンがろくな効果を奏さなかったため投資は大きく絞られたという。実際,こんな非効率な広告キャンペーンに予算を大きくつぎ込もうとする役員は,そもそもほとんどいなかったのだ。とにかく,第1四半期のこの販促キャンペーン・プログラムは,立ち上がり時点で経営陣の強い支援を得られず,最後の最後までお蔵入りの危険性をはらんでいた。
さらに悪いことに,マーケティング担当の副社長の座が未だ空席のままのAppleでは,細かい意思決定をするのにいちいちSteve Jobs氏の判断を待つことになり,あらゆる計画が遅れ遅れになってしまったのだ。
R & Dを大切にした健全なリストラが望ましい
Appleの調査開発部門からの人材流出もとどまることがない。シリコン・バレーでの人材獲得競争はまさに激戦状態で,全体での失業率は実に3%を下回る。上級エンジニア達は,どこへ行っても引っ張りだこなのだ。彼らのために,企業は給料やストックオプションを驚くほど引き上げる。その引き抜き合戦の中,Appleは良いカモなのだ。他の企業は高給と価値の高いストックオプションにより,逸材をいくらでも釣り上げる。一方,Appleのストックオプションは,ここ3年間ろくな価値を持ったことがない。最近行ったストックオプションの書き換えをもってしても,どうにもならないほど価値を失っている。
Appleの第1四半期に出た利益の一部は,研究開発(R&D)部門のダウンサイジングによって捻出されたものだ。しかし,このダウンサイジングの結果,社の未来を左右するような重要人物までもが首を切られやしないかと,心配がつきまとう。普通,ダウンサイジングは,小規模プロジェクトの中止や,人材をより重要な事業に再配置することによって行われるが,有能で高給取りのベテラン・エンジニアを解雇することで,ダウンサイジングを行いかねないのがAppleだ。
Appleの重役クラスのエンジニアは,年間15万〜20万ドル受け取っている。また,手当てや福利厚生費用も合わせれば,上級エンジニア1人にかかるコストは年間30万〜35万ドルにも上る。もし,Appleがこうしたトップ・エンジニア10人を解雇したとすれば,それだけで年間300万ドルの節約になるのだ。要は,たった10人上級マネージャーを解雇するだけで,Appleは第1四半期に出した利益の10%近くも捻出することができるのだ。
ほかにも,精力的に資金が投下されている部門といえば,ディベロッパー・サポートが上げられる。しかし,この四半期の間で,Appleはディベロッパー・サポートの部長を新入社員に交替させてしまった。この新人はやる気こそ十分なものの,経験豊かとはお世辞にも言い難い。新しいソフトウエアが壊滅状態の今,Appleがディベロッパー・サポートにさらなる力を注がねばならないのは,火を見るより明らかだ。しかし,私が見るところ,ディベロッパー・サポート・プログラムは資金があてられていてなお,相変わらず無力で,効果が上がっていない。
かつて私はこのコラムで,ディベロッパー・サポートの副社長Heidi Roisen女史のことを,彼女こそアップルを良い方向に向かわせてくれる原動力だと評したが,そういうタイプの役員が今Appleにいないのは大きな痛手だ。
(全文は全国の有名書店で発売中の「日経MAC」98年3月号をご覧ください)
Martin Mazner(マーティン・マズナー)氏はシリコン・バレー在中のベテランPCウォッチャー。1980年代に初のPCディーラー向けの雑誌を創刊。ごく初期のアシュトン・テイトに迎えられ副社長としてdBaseIII,Frameworkの開発に携わった。1987年から1990年まではMacUser誌の発行人として発行部数を30万部に押し上げた。テレビのショーを見るようにAppleの動きを見守るのが好きなひと。
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