Jobs発言に反発? 日本法人は直販導入から検討中
[Friday, November 14, 1997 佐藤 千秋=日経MAC]
「日本でも,1998年春をメドに直販を行う」と,Steve Jobs暫定CEOが97年11月11日早朝(日本時間)に発言した。この数時間後アップルコンピュータに確認をとったところ,同社広報は,「日本では,当面予定はない」と否定。それが,12日には,「直販を行うかどうかも含めて検討中で,現時点では何もコメントできない」と訂正し,さらに13日は「米国の発表を受けて検討を開始した。決して(直販を行うことに)後ろ向きではない」と一歩ずつ前向きな発言に変化しつつある。
アップルコンピュータにとって,米Apple Computer社は,唯一の株主。その決定にもかかわらず,今さら直接販売のチャネル開設を“いちから”検討しているとは,あまりにのんびりした話で,あきれるほかない。
購入先の選択肢が増えるという,ユーザーにとって大歓迎の計画である。本来なら積極的に取り組むべきプロジェクトであるにもかかわらず,その姿勢が見えてこない。そう答えざるを得ない理由が存在するとすれば,Jobs氏と日本の流通業者の間で板挟みであろう。アップルコンピュータの苦悩がうかがえる。Power Computing社のMac OS互換機部門を米Appleが買収して以来,世界規模の直販は十分予測された。アップルコンピュータがこの動きを見逃したとは考えづらく,それ以来,首脳レベルで水面下で続けてきた既存流通網との折衝に結論を出せなかったとみるべきだろう。
キヤノン販売は知らぬ存ぜぬ
アップル製品の日本での普及にもっとも貢献してきた会社の1つ,キヤノン販売は,「直販開始について,アップルコンピュータから何の連絡も受けていない」(同社広報)と,これを否定する。「(アップルコンピュータの直販に対する)対策が必要になるにしても,詳しい情報なしに,講じられるわけがない。憶測で動いてもしかたない」と,つづけた。
キヤノン販売は,アップルコンピュータだけでなく,米Apple Computer社との間にも情報交換のためのパイプを持っている。日本での直販開始をJobs氏が発表時に突然思いついたのであれば別だが,これほど重要な新販売戦略についての情報を知らずにいたとは信じがたい。「アップルが発表していない以上,なにも言えることはない」(キヤノン販売広報)というコメントは,相手より先に,手札を公開するわけには行かないと解釈すべきだろう。この相手とは,アップルコンピュータだけでなく,もちろん競合するディストリビューターを指す。
販売店は静観の構え
マック信奉者を自認する流通関係者は,Jobsの重大発表に対して多大な関心を寄せていた。企画室ゆうの田中憲社長も,この発表に注目していた1人。だが,「肩透かしをくったなというのが,率直な感想だ」(田中社長)。ショッピング・カートの件に対しては,「Power Computing社の互換機部門を買収したときから,直販を始めるのではないかと予測していた。ユーザーとしては,購入チャネルが増えるので歓迎だが,販売店としてはどのような形で行われるか,今後の動向を見たい」と静観の構えだ。
首都圏に店舗を構える販売店のある経営者は,「直販が始まったとしても,このチャネルに収斂(れん)することはありえない。むしろ,旧来の販売チャネルといかに共存させるか。アップルコンピュータのお手並みを拝見したい」と,話す。
大口顧客である法人ユーザーは,訪問販売チャネルを利用するのが,一般的。初心者ユーザーは,販売店のスタッフのアドバイスなしでは,購入しづらい。すると,直接バッティングするのは,通信販売会社だ。
ある大手通販会社は,「もし,価格面での優位さを保てないなら,マックの販売から手を引くしかない」と,不安を隠せない様子。
流通マージン「ゼロ」の直販チャネルは,どの販売店より低い販売価格を設定することが可能だ。しかし,これを実行すれば専門店や訪問販売などのチャネルの反発を受けることは必至。まずは,いわゆる希望小売価格でしか販売できないだろう。
マーケット把握に期待
メーカーにとっての直販のメリットは,粗利の大きさのほかに,ダイレクトにユーザーの声を受け止められることが挙げられる。これまで販売店の努力が加わって売れてきたアップル製品の,真の商品力を知ることができるだろう。さらに,ユーザーの希望に添った仕様に汲み上げて販売する「ビルド・トゥ・オーダー」システムを日本でも採用すれば,ユーザーの求める仕様を把握できる。
この情報を積極的に利用して,よりよい製品づくりに役立てることが,ユーザーだけでなく,流通関係者の望むところであろう。
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