Jobs氏のSeybold San Francisco 97基調講演 新味には乏しいが,来場者を十分に魅了
[Tuesday, October 7, 1997 シリコンバレー・オフィス発、山田 剛良=日経MAC]
97年9月29日から米San Francisco市でディジタル・パブリッシング関連の展示会「Seybold SanFrancisco 97」が開催された。展示会の2日目である10月2日午前,Appleの暫定CEO(最高経営責任者),Steve Jobs氏が壇上に立った。前日の10月1日にはMicrosoft社の会長兼CEO,Bill Gates氏が同じ壇上に立ち,パブリッシングのマーケットへMicrosoftの存在を強くアピールした後である。Jobs氏がどのようなメッセージを出すのか注目された。
結論から言えば,Jobs氏のメッセージはこれまで発表した内容をなぞる新味のないものだった。ただし,観客の心は十分魅了した。
Jobs氏は観客にAppleがまったく生まれ変わったことを告げ,その理由を12のセクションに分けて説明した。プレゼンテーション・スライドは黒地にグレーで文字が書かれただけのシンプルなもの。かっこいい。このあたりのセンスはさすがだと思わせる。
講演の内容は新味なし
業界に明るい強力な新役員メンバーの紹介に始まり,Mac OS 8中心の戦略,Microsoftとの提携が生み出すメリット,マック互換機戦略を大幅に転換した理由,ColorSync 2.5や「AppleScript」,「WebOBJECTS」といった技術の優位性,新しい広告キャンペーンの趣旨など,ほとんどは97年8月初頭の「MACWORLD Expo/Boston」の発表と同じ内容。MACWORLD/Boston以降の話題を若干付加し,従来の主張を改めて繰り返した印象だ。
製品開発
Jobs氏は「98年登場する予定の製品を全部調べた。30%はとても素晴らしいものだった。残りの70%は疑問が残った。疑問が残った製品についてはヤメにして,その力を素晴らしい30%に注ぐことにした。だから98年Appleから登場する製品は全部素晴らしいと約束できる」と,自ら製品開発のマネジメントに主導権を発揮していることを明言した。
Microsoft社との提携
米Microsoft社との技術提携に関しては,「MicrosoftとAppleを足せばデスクトップ・コンピューターのOSで100%になる。もちろん我々は大きく離された2位だが,それでも2位で,それ以下は存在しない(に等しい)。この世界のメジャー・プレーヤーは2つしかない。2つのメジャー・プレーヤーの関係を良好にすれば,ユーザーは迷惑することがなくなる。我々はお互いが利益を得ることができる」とした。
互換機
マック互換機戦略を大幅に転換した理由についてJobs氏は,Mac OSの開発費やマーケティングのコストをAppleだけで負担している点を理由に挙げ,ライセンスを行うのに十分な対価が得られていなかったと主張した。「我々はライセンスするのが大好きだ。WebOBJECTSなんてそこらじゅうにライセンスしてる。ただ,十分な対価を得ればいいんだ」。
パブリッシング
キーノートの終盤,Jobs氏は米Adobe Systems社会長のJohn Warnock氏,米Quark社会長のTim Gill氏,米Macromedia社会長のBud Colligan氏を次々に壇上に上げた。奇しくも前日のキーノートでBillGates氏が「NT 5.0向けのアプリケーション開発を約束してくれた」と誇らしげに語ったのと同じメンバー。結局,この3社がパブリッシング・マーケットを握っていると証明した形になった。3人のメッセージはほとんど同じ。今後もマックのマーケットに強くコミットすると約束し「Steveが戻ってきてうれしい」と述べた。
広告キャンペーン
新しい広告キャンペーンの説明には多くの時間を割いた。Jobs氏は「我々の製品は優れている。だけど,たった15秒でOSのどこがどのように素晴らしいか伝えるのは不可能だ」と説明し,製品中心から,企業イメージの向上を狙った広告への転換するとした。「Nikeを見れば分かる。彼らは靴屋さんだが,広告では靴がどんなに優れているか説明しない。彼らの精神を述べているだけだ」。
Jobs氏は最後に「Passion,Talent & Craftmanship」と書かれたスライドを見せ,Appleが提供する精神はこれだ,と述べた。新しい広告キャンペーン「Think Different」に引っかけ,「Appleは情熱と才能と職人魂を持つ人たちに支えられてきた。我々はこれからも他とは『違った考え』を抱く人々に向けた,違った種類のコンピュータを提供していく」と締めくくった。
将来を約束する具体的な計画はなし
講演終了後のQ&AコーナーでJobs氏は「オレを信じてくれ。もうすぐ素晴らしい製品が出るし,3カ月後には何もかも新しくなって,Appleはうまくいく」と述べるのみ。互換機の消滅でマックの価格が将来上がるのではないか?との質問には「そんな話をだれが君に吹き込んだの?」とジョークでかわした。Jobs氏は「マックの価格は今より下げる。家庭向けに素晴らしいパッケージ製品を来年出す予定もある」と語っただけだ。
Raphsodyについても「ディベロッパー版を前倒しで出荷した。順調だ。だが,最初はサーバーやごくハイエンドのユーザーに使われるだろうが,一般に普及するのは時間が必要。NTだって5年掛かってる」と具体的な話をするには時期が早すぎるとした。
具体的な内容は何もないにもかかわらず,キーノート後の観客の多くは満足げだった。みんなJobs氏を信じる気になったようだ。「これからはNT」という前日の雰囲気から一変して「マックでも大丈夫」という気持ちにさせたのは事実のようだ。
確かに彼には,人を引き付けるそのような不思議な力がある。
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