原田アップル社長,日本での直販開始を否定 Power Mac G3の受注生産もなし
[Tuesday, December 9, 1997 佐藤 千秋=日経MAC]
「現在は,具体的な計画は一切ない」。これは,97年12月3日に日本でのPower Mac G3機出荷を発表した席上での,アップルコンピュータ原田永幸社長の発言。11月11日(日本時間)に,米Apple Computer社の暫定CEO,Steve Jobs氏のスピーチの中にあった「日本でも,98年春に直販を開始する」との指示に対する,アップルコンピュータの答えである。「日本では,販売代理店と直販に関する勉強をしている程度。いずれは考える必要があると思う」としながらも,Jobs氏の計画を完全に否定した。
北米では,メモリーやハードディスク容量をユーザーの希望する仕様にして出荷するBTO(Build to order,受注生産)を,G3機を対象に行っているが,これを日本では実施しない。
新方式より既存システムの改善を優先
原田社長は,新販売チャネルの整備より従来の流通システムの効率化を優先することを選んだ。「全国にある倉庫の数をいかに減らすかに注力する」と,続けた。その具体策の1つが,日本語版OSをインストールしていたJOC(ジャパン・オペレーション・センター,千葉県習志野市)の機能をシンガポールへ移すこと。「直販を行うためには,JOCの存在は不可欠」と,原田社長が本気で考えているならば,その流通拠点を縮小するという決定は,日本での直販チャネル開設の放棄を裏付ける。
揺れたアップルの反応
11月11日のJobsの発表直後,アップルコンピュータの広報に,98年春の直販開始を確認したところ,「日本では,当面予定はない」と否定。それが,翌12日には,「直販を行うかどうかも含めて検討中で,現時点では何もコメントできない」と訂正した。さらに,「直販チャネル開設に向けて前向きに考えていく」と,積極的な姿勢に変化していった。それが,12月3日には冒頭の原田社長のコメントに一転,後退した。
また,Jobs発言の直後,アップル製品の取扱量が多いキヤノン販売へ問い合わせたところ,「アップルからは,直販チャネル開設に関して,何の連絡も受けていないので,これについてコメントできることは何もない」(同社広報)と,回答を拒否された。額面通りに受け取ると,アップルコンピュータは,米国法人が策定した直販チャネル開設などの新販売戦略について「かやの外」に置かれていたため,事前の準備がまったくできていなかったことになる。
そして,今回の原田発言の内容を総合すると,突然,Jobsと日本の流通業者の間で板挟みになったアップルコンピュータが,苦悩の末にJobsに対して反旗を翻し,従来からの取引先である国内のディストリビューターやディーラーの側についた,と受け取れる。
既存流通なしに,目標クリアは不可能
アップルコンピュータは,97年度の販売台数は65万台と見積もっている。96年度は89万台に比べて,27%も減少した。同社は,「96年度の実績の6割を占めていたエントリーモデルのPerformaの分が落ち込んだため」と,分析している。また,次の会計年度の販売目標は,「97年度並みの65万台に近づけていきたい」と,消極的な設定だ。
米国で始まった直販チャネル「The Apple Store」の扱い量は,全体の15%程度とAppleは予測している。
首都圏に店舗を構える某販売店の経営者は,「日本で直販が始まったとしても,このチャネルに収斂(れん)することはありえない」と,話す。
大口顧客である法人ユーザーは,訪問販売チャネルを利用するのが,一般的。初心者ユーザーは,販売店のスタッフのアドバイスなしでは,購入しづらい。つまり,既存の流通チャネルの貢献なくして,アップルは65万台の販売目標をクリアできないことは明らかだ。アップルも彼らの意向を無視できない。
Jobs氏の要請にどこまで耐えられるか,アップルコンピュータの正念場だ。
|