Mac OSはどこまでも進化します さらに使いやすく,頼りになるOSに
[Thursday, February 19, 1998 編集長・林 伸夫=日経MAC]
Avadis "Avie" Tevanian
Apple Computer社 ソフトウェアエンジニアリング担当上級副社長 | |
「DVDサポート,Firewireサポートなど先進機能もしっかり入れておきました」
●今のAppleのソフトウエア開発の進み具合はどんな状況ですか?
私たちはスケジュール通りにMac OS 8.1を出荷しました。このことをとても誇りに思っています。日本でもオンラインで日本語版の8.1アップデータを配付開始しましたし,今日発売のマック専門誌などの付録CD-ROMにも収録してもらいました。これを使えば,より安定してマックを仕事に使ってもらえる。ソフトの立ち上げスピードなどもずいぶん改善されています。Internet経由のデータ通信速度も向上しています。これらすべて,マック・ユーザーに満足してもらえるものと考えています。
重要なのは,私たちが今やっている仕事が,研究室での「宝物」として秘蔵されているだけではないということです。新しい技術を実際に使えるものとして,皆さんの手元に届けているのです。Windowsを使っている人より,はるかに素晴らしいものを手にしているのです。
●確かに,Mac OS 8.1の中を子細に調べてみると,DVD用のドライバーとか,100BASE-T用のドライバーなどが入っていて,驚かされます。DVDドライバーはどうやって使うのですか?
町からDVDドライブを買ってきてマックにつなぎ,DVDのビデオ・ソフトを挿入すればそのまま使えますよ。1月のMACWORLD San FranciscoでもDVD-ROMに収めたゲームをデモしましたが,これをごらんになるとお分かりの通り,実際に「プラグ&プレイ」でDVDドライブが使えます。デモではCyan社の創始者の一人であるRand Miller社長が「Riven」をお見せしましたが覚えていますか?
●もちろん,よく覚えています。しかし,それほど簡単に扱える完成された機能がMac OS 8.1に含まれているのに,ちゃんとアナウンスしないのは,なぜですか?
私も昨年(97年)の12月ごろ「RIVEN」の事前プレゼンテーションを見せてもらったときに,これはすごい! 大いに宣伝しよう,と思ったものです。しかし,まだソフトが少ない,我々のマシンに標準搭載する用意がまだできていないなどの理由で,ひっそりとしたデビューになりました。
Windows 98はまだ出ていないでしょ。でもMac OSユーザーはそうした先進技術を現時点でもう手に入れて,楽しむことができるんですよ。素晴らしいことではないでしょうか?
●FirewireサポートもすでにMac OS 8に入っていますね。こうした機能はだれのために提供しようと思っていますか?
それは,すべての人のためのものだと思っています。その上に作り込まれる編集用のアプリケーション次第でプロ用になったり,子供でも使えるシンプルなものになったりします。
●一般の人にも使えるのなら,かつてのPeformaのような製品にもDV端子が付いてくると考えていいのですか?
今Appleは製品系列の整理を進めています。これまでは機種が多すぎました。Performa 5440,5280,4400,6500,7500,8600,9600…しかし,これからは機種を絞ったうえで,ほしいオプションを追加していくスタイルになります。DV端子がほしい,DVDドライブを内蔵させたい,メモリーがたくさんほしい,ハード・ディスクはこういうサイズ,と指定して製品を発注してもらえます。したがって,あなたが質問するように初心者向けのマックにもDV端子が付くのか,という話はナンセンスなものとなります。
「Mac OSはどこまでも進化します。メモリー・プロテクション,プリエンプティブ・マルチタスク…」
●OSの話に戻しましょう。Mac OSは安定してきたとはいえ,まだまだ乱暴に扱うとすぐに止まったり,挙動不審な現象が起きます。Finderが一瞬消えてなくなったかと思うと,また現れるということを繰り返したり,コントロールパネルの中身が無くなったりします。
そういう不都合が起きることがあるのは認識しています。したがって,私たちはMac OSをとことんまで進化させようと思っています。一つのアプリケーションが止まってもシステムには影響を与えない,通信中にも,別の文書処理がスムーズに行えるなどの機能,すなわち「メモリー・プロテクション」「プリエンプティブ・マルチタスク」などの装備を進めるつもりです。
●3年ほど前に,新生Mac OSの姿として,Coplandという開発コードのOSがありましたが,これをこれからのMac OSでついに実現しようとしているのですね。
私はAppleに来たのは最近ですから,もともとCoplandがどういう考え方で進められたかは知らないんです。〔笑い)
しかし,当時とはかなりアプローチの仕方が異なっているのは確かです。Mac OSのアーキテクチャーを根底から見直して,新しい土台を作るのです。
●カーネルを作り替えるということですか?
そういう方向に向かっていると考えていただいていいでしょう。
●Coplandが何年もかかってやれなかったことを実現しようとなさっている。マック・ユーザーには心強い話ですね。
Coplandは全く新しいAPIを用意しようとして,過去の互換性,開発環境などをすべて捨て,ゼロから出発するという行き方だった。それでは,ユーザーも開発者も,砂漠をサバイバル装備なしで歩くようなつらい試練をくぐり抜けなくてはなりません。しかし,今私たちが向かっている方向はかなり違っています。
「マック・ユーザーの方はMac OSだけ付きあっていれば,幸せになれます」
●ということは,今のMac OS はシームレスに次の世界に進んでいけるということですか?
そのとおりです。安心して,Mac OSを使い続けてください。
●つまり,今のマック・ユーザーはそのまま,Mac OSを使い続けていれば,自然に未来に連れていってもらえるということですね。
私たちにとっては,難しいチャレンジになりますが,そのとおりです。
付け加えると,Coplandで培った技術はどんどん今のMac OSにも生かされています。FinderなどはかつてCoplandで培った技術の成果です。
●今のソフト開発グループは元NEXTグループ引っ張っているのですか?
別にそういうわけではありません。OSの開発は数えきれないほどの側面があります。それぞれの得意分野でそれぞれが頑張っている,ということですね。
●QuickTime以外にWindowsへマックの技術を移植するつもりはありますか?
Windows 95がまさにそうですよ。〔笑い)
冗談はさておき,いまのところはそういう計画はないですね。
Plug & PlayをWindowsへ移植すればすごいことになるかもしれませんね。でも,我々にそんなつもりはありません。
●QuickDraw はMPEG4として一部,業界標準になることになりましたが,3Dの世界ではまだまだ標準化の波に乗れていないようですが…。
Open GLなど,3Dの世界での業界標準を取り入れる努力はしています。実際,Open GLはQuickTimeで使えるようになりましたし,このAPIを使ったサードパーティの製品も出てきています。
●しかし,VRMLなども含めて考えると,Appleは完全に取り残されているように見えます。
私もこの件に関しては苦慮しています。QuickTimeのチームにもっとプッシュしようとハッパをかけているのですが,なかなか進みません。QuickTimeチームはなぜか,気分が乗らないようです。
「NEXTSTEPがMac OSに乗る日も来ます」
●開発環境について話を進めましょう。マックはHyperCardのようなエンド・ユーザー向けの開発環境にいいものを持っているのに,NEXTSTEPのように円熟したものになりませんね。残念です。
HyperCardはQuickTimeの開発環境としてブラッシュアップが進んでいます。もう少し時間が必要ですが,いいものを提供できると思います。
●一連の仕事を自動化できるAppleScriptもマックならではのものですが,なかなか発展しません。どうなっているんですか?
これの重要性についてははっきりと認識しています。実行エンジン,言語の解釈部分など,すべてをPowerPCネイティブに書き直している最中です。これが完成すれば,快適な環境が出現します。
JavaScriptなど複数のスクリプティングを内包することができますし,面白い環境になると思います。
●しかし,一般のビジネスマンには難しすぎやしませんか?
私がもらっているフィードバックとはかなり違いますね。みんな使いやすいと言っていますが…。プログラマーでない人も,読んでも理解しやすいごく普通の英語を使って簡単にプログラムできると,評判ですが。
●いや,我々は「日経MAC」誌上でAppleScript講座を連載しましたが,ついてこれる人はとても少なかった。ビジネスマンはとても自分でプログラムするところまで行きませんでした。
英語と日本語の違いではないでしょうか?
●一般のビジネスマンには「クラス」がどうの,「プロパティ」がどうのということが難解なのだと思います。やはり,もっとビジュアルな開発環境が必要なのではないでしょうか?
うーん,その意味で,Apple社内にこの分野の問題に取り組んでいる人はいないですね。しかし,NEXTSTEPがMac OS上で使える日も来ると思いますよ。
●ところで,いまのApple社内のソフトウエア開発グループの雰囲気はどうですか?
ちゃんとスケジュール通りに8.1を出せたし,それぞれのコンポーネントは練り上げられたものができました。ネットワーク関連,グラフィックス関連,カラー・マネージメント関連,それぞれ充実したモジュールが完成しました。みんな燃えて仕事をしていますよ
●Microsoftに引き抜かれて,研究員待遇のSteve Cappsなどの例を見ると,Appleでの仕事が色あせてきているのではないですか?
シリコンバレーでの生活はまさにダイナミックです。面白いと思ったこと,燃えられると思ったことにみんなが忠実に従います。したがって,何でも起きるということになるわけです。だからといってAppleでのエキサイトメントが薄れてきているということではありません。
●たとえば,カーネギーメロン大学でソフトウエア工学を勉強した学生はMicrosoftとAppleのどっちに魅力を感じるのでしょうか?
それは,人それぞれでしょう。Appleのほうが小さい会社で,方向がフォーカスされている。若い人でも大きな仕事を任されるチャンスがあって,エキサイティングです。だから,私のところにはそんなエンジニアがたくさん集まっていますよ。反対にMicrosoft流が好みの人だってたくさんいます。
私はまさにその部分で,みんなを鼓舞するのが仕事です。素晴らしい才能の持ち主が,ものすごい勢いで仕事をしていますよ。
「会社を愛し,製品を愛しているSteve Jobs」
●暫定CEOのSteve JobsさんとはNeXT時代を含めて,ずいぶん長い間一緒に仕事をしてこられましたね。彼との仕事はどうですか?
すっごく,大変。とっても難しい〔笑い)。
しかし,あの高い理想を掲げて突き進む仕事ぶりは大好きです。大変ですが,楽しんで仕事をしていますよ。
●彼をつき動かしている原動力は何でしょう。何しろ,今,彼は無給で働いているんでしょう?
ははは,彼は億万長者ですから,お金なんか要らないんです。Appleが何100万ドル払いましょうと言っても,全然関係ないんです。
で,原動力は,と言えば,やはり,彼は自分が作った会社を愛し,製品を愛しているから,ということになるでしょう。私はJobsではありませんから,彼の頭の中で何が渦巻いているかは知る由もありませんが,基本的には製品に対する愛が彼をそうさせている,ということになるんじゃないでしょうか。
今,彼は相変わらず自分のデスクではNeXTを使っていて,マックを使いません。なぜマックを使わないかは,単にNEXTSTEPが好きだからです。マックを自分でも日常的に使いたいマシンにしたいのだと思います。そうなったマックはそれこそ,使うことで満足できる素晴らしいマシンになると思いますよ。
(聞き手・林 伸夫=日経MAC編集長)
アバディス(アビ)・テバニアン Jr. 博士(Avadis "Avie"¥ Tevanian, Jr., Ph.D)略歴
Apple Computer社,ソフトウェアエンジニアリング担当上級副社長
Avie Tevanianは,ソフトウェアエンジニアリング担当上級副社長として,1997年2月にApple Copmputer社に入社。CEO(最高経営責任者)の直属の部下であるTevanianは,Appleのソフトウェアエンジニアリンググループの統轄責任者である。
Apple入社前は,NeXT社の副社長として,エンジニアリング部門を管理する立場にいた。それ以前は,カーネギーメロン大学でNEXTSTEPのベースであるMachオペレーティング・システムの主席設計者兼エンジニアを務めた。
Tevanianは,1988年1月にNEXTSTEPチームのエンジニアとしてNeXT社に入社。またたくまに職級を駆け上がり,オペレーティングシステムの責任者としてNEXTSTEPの開発と技術革新を担当した。その後,NEXTSTEPのRISC搭載システムへの移植と,複数のオペレーティング・システム上でのソフトウェア開発を可能にするNeXT社の独自技術「Portable Distributed Objects」の開発を担当するチームの責任者となった。1995年3月から,NeXT社のエンジニアリング部門担当副社長としてSteve Jobsの直属となった。
現在は,ワールドワイドで利用されているクロスプラットフォーム開発環境を創造したパイオニアとして知られており,数々の賞に輝く優れたアップル製品を世に送り出しているエンジニアリングチームを指揮している。Tevanianは,カーネギーメロン大学でコンピュータサイエンスの博士号と理学修士号,ロチェスター大学で数学士号を取得している。
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