事業推進本部長 福田尚久氏に 日本でのiMac戦略を聞く(詳細版)
[Friday, August 14, 1998 松野 浩之=日経MAC]
福田尚久氏, アップルコンピュータ株式会社 事業推進本部 本部長
米国内での発売日である8月15日が近づき,日増しにユーザーの注目が高まる新コンシューマー向けパソコン「iMac」。米国での受注は15万台を突破したという。しかし,いまだに日本国内での発売日や価格は未定だ。iMacの日本国内での販売に関する戦略を,アップルコンピュータ事業推進本部本部長である福田尚久氏に聞いた。
●アップルは日本国内でのiMacの販売に関して島村楽器と亜土電子工業との提携を発表したが,これ以外の販売店ではiMacは購入できないのですか?
iMacは,アップルがiMacの販売店として提携した店舗のみで販売します。現時点で発表しているのは島村楽器と亜土電子工業の直営店「T・ZONE」だけですが,現在も数社と交渉中です。発売までには,さらにいくつかのiMac販売店を発表できると思います。
●なぜ,そのようにiMacを販売できる店舗を限定するのですか?
その前にちょっと,日本のパソコン業界の現状について話させてください。
Windows 95登場以来,パソコンはあたかも家電のように販売されてきました。しかし実際には,家電のように誰もが自由自在に使えたわけでなく,逆にせっかく購入したパソコンを使うの自体をあきらめたユーザーは多かったのです。
この点ではマックも例外でなく,実際,Performaを購入したユーザーの中にも結局,使いこなせなくて家で眠らせているケースが少なくない。我々は,このような過去の失敗がユーザーの不信感(パソコンなんて使えないという固定観念)を助長したんだ,と考えています。この結果,世界的に見て日本だけでパソコンが売れない,という状況になっている。
iMacではこの失敗を繰り返したくない。iMacこそはユーザーに,本当に使いこなして欲しいと思っている。だからユーザーに購入の時点で,何に使えるのかなどといった的確なアドバイスをしなければいけないわけです。また購入したユーザーに対するアフターケアも大事にしたい。
このような条件をクリアできる販売店で,iMacを販売しないと,また同じ失敗の繰り返しになる,と我々は考えているのです。
この理由からiMacは,iMacのことを十分に理解してソリューションとしてユーザーに提案できるスキルの高い店員のいる販売店で売りたいと考えています。iMacはコンシューマー向けのパソコンです。初心者のユーザーに対して,iMacが何に使えるのか,どうやって使えばいいのかといったことを,きちんと説明できなければなりません。そのためにアップルとしては,各販売店と十分な話し合いを持ち,アップルの考えを理解していくれる販売店と提携しiMacを扱ってもらいたいと考えます。
提携した島村楽器とT・ZONEもすべての店舗でiMacを販売するわけではありません。現在アップルがiMacの販売店として十分な水準にあると認めているのは,島村楽器の十数店舗とT・ZONE4店舗だけです。発売までには,両社と協力して各店舗の店員のスキル向上を図り,さらに多くの店舗でiMacを販売できるようにしたいと思っています。
●アップルがその質を認めた販売店としては,これまでは「MacMasters」がありましたが?
MacMastersは時代の流れとともに,その質が低下しました。パソコンの低価格化が進んでいるのはご存じのとおりですが,残念ながら日本の流通形態は低価格化に見合うだけの変革ができていない。この結果,販売店とメーカーのどちらもパソコンでは十分な収益が上げられなくなっている。これは,将来に対する投資ができなくなっていることを意味します。(アップルが質を認めた販売店の印だった)多くのMacMastersで,質が落ちてしまったのは,構造的な問題なのだと,我々はとらえています。
このままではパソコン業界全体がだめになってしまう。ある程度の痛みは伴うかもしれませんが,メーカーも販売店も変わらなければならないと思います。iMacを契機に業界全体が活性化するようなビジネス・モデルを改めて構築したいのです。
幸い米Apple本社は,Steve Jobsの指導の元,少しずつ変わってきました。iMacという魅力的な製品の開発は,この成果です。せっかく,このような魅力的な製品を出荷するわけですから,このチャンスに流通や販売店のあり方を見直そう,見直せる,と思います。
iMacは米国で1299ドルという低価格で提供しますが,これは部品や組み立てコストの削減だけで実現したわけではなく,流通改革と一体になったコスト削減の成果です。つまり日本でも同様の方式を取らないと,米国と同様の価格でユーザーに提供するのは不可能なんです。
●現在,多くの大手マック販売店はiMacの予約を受け付けていますが,この中には実際にはiMacを販売できない店もあるということですか?
そうです。予約は販売店が独断でしていることです。アップルがiMacの販売店として十分な水準にあると認められない店舗では,iMacは販売しません。
●アップルは,どのようなユーザーにiMacを購入してもらいたいと考えているのですか?
3種類のユーザーに分けられると思います。まずは,従来からのマック・ユーザー。2つ目が,Windowsユーザー。これらのユーザーに対しては,T・ZONEを皮切りに, iMacの価値を理解してくれるパソコン販売店とはどんどん提携して,iMacを販売していきたい。アップルとしてはiMacは,マック売場だけではなくWindows売場にもおいていただきたいと考えます。
3種類目のユーザー層として,アップルがもっとも重要視しているのが,これまではパソコンに全然興味のなかった人たちです。これを開拓してくれる存在として,島村楽器に期待しています。島村楽器以外にも,既存のパソコン・ユーザー以外にiMacの魅力を十分にアピールできる販売店とは提携したいと考えます。
●iMacの流通経路というのは,どうなるのですか?
シンガポールの工場から,ほぼ毎日,飛行機で日本に輸送します。そして税関通過後,空港から各iMac販売店に直送します。こうすることによって,ユーザーの手にiMacが届くまでの,流通上のステップが大幅に省略できます。
従来のディストリビューターは介在しません。各販売店は,数日分だけの在庫を持ちます。売れた分だけを注文すれば,数日後にはシンガポールの工場から直送で,必要な台数が届くのです。販売店が余剰な在庫を抱え込むこともなくなり,販売コストの低下,しいてはiMac本体の価格の低下にもつながるのです。
ただし販売店が望むのであるならば,従来通りのディストリビューターを経由した販売方法も行います。
●今後は既存の製品も含め,すべての製品がそのような流通経路で限られた販売店のみで扱われるのですか?
とりあえずはiMacだけです。プロフェッショナル向けの従来のマックは,訪問販売などを含めた既存の流通チャネルで販売していきます。時期などの詳細は決まっていませんが,日本国内でも販売店によるBTOの認可も考えています。
●iMacは日本ではいつ出荷が開始されるのですか?
現在製造されているのはすべて米国向けのiMacです。現時点で米国内での受注は15万台と予想以上に多く,日本向けにはiMacの生産ラインを確保できないのが現状です。8月15日の米国での出荷開始直後から日本向けのiMac生産を始め,ある程度の台数,少なくとも1万台以上が揃った時点で出荷を開始します。ただし8月中には必ず出荷する予定です。
●現時点で発売日が決まっていないのに,8月中に出荷できるのですか?
先ほど説明したように,iMacは飛行機でシンガポールの工場から各販売店に直送します。発注後,2日で販売店に届けることが可能なのです。問題はありません。
●iMacの日本での価格はいくらになるのですか?
20万円はどうしても切りたいと考えています。しかし,現在の米ドルに対する円の為替相場や今後の変動を考慮すると,断言はしかねます。出荷時に決めた価格を,数ヶ月後に円安になったからといって値上げをするわけにはいかないので,価格は十分に熟慮して慎重に決定します。
●日本で発売するiMacにバンドルするソフトを教えて下さい。
まだ発表できません。しかし必要最小限のものはバンドルします。
(初出:98.8.14,詳細版掲載:98.8.18)
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