「もう一度、お願いします」 千鶴はそう言って、自らステージの上に横 になった。なにがなんでも染みついたナマリ を克服したいらしい。  それだけ、彼女が真剣に悩んでいるという ことなのだろう。  俺は黙ってうなずき、千鶴のブラジャーに 手を伸ばした。  フロントホックのため、正面からお互いに 向き合う形になってしまう。  目が合うのが恥ずかしいのか、千鶴は原稿 で視線を隠し朗読に没頭しようとしている。 それでもやはり服を脱がされている感覚は 消せないらしく、時折、チラチラと盗み見し てくるのが気配でわかった。  俺は先にパンストを脱がすことにした。  ぴったりとフィットしたナイロンの薄布を 下ろすと、張りのある大腿が露わになる。  ピンクのペディキュアを塗った爪先まで、 伝線したりしないよう丁寧に脱がしていく。  素肌に触れた床板が冷たかったのか、千鶴 は小さく身じろぎした。しかし、さっきとは 違い朗読が乱れたりはしない。  本当にたいした克己心だ。 今度こそブラジャーの番だ。  彼女の視線を痛いほどに感じながら、俺は 胸の谷間のホックを緊張しながら外した。 きゅっと目をつむり、千鶴が腕を上げる。  脇の下から手首へとストラップをくぐらせ ると、千鶴の肌を隠すのはもうパンティー1 枚だけだった。 それでも彼女の朗読は乱れはしなかった。 両の乳房を動悸で弾ませ、睫毛を小刻みに 震わせながらも、彼女は懸命に恥ずかしさを 抑えこんでいたのである。  無言のまま、俺は千鶴を見つめ続けた。  このまま朗読しきることができれば、もう 彼女は並大抵のことで取り乱したりしないだ ろう。いつでも正確に、淀みなくアナウンス の仕事をこなせるに違いない。 (けど、本当にこれでいいのか?) 感情の起伏のない言葉の羅列。  これと同じようなものを、別の形で俺は耳 にしたことがある。  それはバイオリンの調べだった。  正確無比な技巧に走るあまり、心を込めて 曲を奏でることを忘れてしまった少女。  俺は彼女にこう言ったのではなかったか。 "正確さだけなら機械となにも変わらないよ"  なのに、今の俺はどうだ。  あの時の彼女と同じ過ちを、ただ反復して 千鶴に伝えようとしているのではないのか。 (やっぱり、これじゃダメだ!) そのことを口にしかけた時だった。 「あ……っ!?」 完璧な朗読は小さな悲鳴とともに途絶えた。 何事かと慌てて目を凝らした俺に、小さく 身体を丸めた千鶴が声を震わせて哀願する。 「あ、あつらえるから見ねでけろっ!」 遅かった。 パンティーの下部から内股にかけてくっき りと浮き出てしまっている濡れ模様。 それは千鶴自身がこぼした花の蜜だった。  見れば、乳首の先も固くしこっている。 意志の力で心は制御できても、女としての 生理反応まではどうにもならない。  それを意識した瞬間、最後の最後で彼女は 羞恥心に負けてしまったのだった。