もう勝負どころではなかった。  これ以上ないぐらいの恥ずかしさを味わっ た千鶴は、対局中ずっと無言のままだった。  当然、勝ったのはまた俺だった。 「もう、やめよう?」  俺は彼女にそう言った。 「階段の"鍵"をもらえば俺は退散するから」 しかし、それではなにも解決しない。  彼女はコンプレックスに悩まされたまま、 ずっとこの"塔"にとどまり続けるだろう。  いや、むしろ今日の出来事のせいで前より もっと深く悩んでしまうに違いない。  千鶴は椅子から立ち上がると、ステージ下 のタイル床へと寝転がった。  そして自分から、かすかに湿ったパンティ ーを下ろしていく。 こんもりと繁った下生えの毛がのぞく。 露を帯びて濡れ光る、黒々としたその茂み に目を奪われかけそうになりながら、ハッと して俺は彼女の行為をとどめる。 「もういいんだ! そんなことしたって、な んの問題も解決なんかしないんだ!!」  あわててその手を押さえつけてから、俺は 今の失言を激しく後悔することになった。 「やっぱ、そうべしゃね」 千鶴の瞳は悲しみに満ちていた。 「どげにこっちょおしいことにこたえても、 ナマリさ治らんかぎり、無駄べしゃね……」  諭されるまでもなく、千鶴は自分で気づい ていたのだ。  抑揚のない言葉をいくら紡いだところで、 本当のアナウンサーにはなれないことを。 「田舎もんには向いとらん仕事だったさね」 それに憧れた自分が馬鹿だったのだ。 「もうおいて津軽さ帰るべや。あんたの親切 はじょーしき忘れんから」 そう言って千鶴はにっこりと笑った。 涙ぐんではいたけれど。  寂しそうな微笑みだったけれど。  確かに俺は感じた。  今まで彼女が見せた人形の微笑みよりも、 飾らない今の彼女の笑顔のほうが、何十倍も まぶしいということを。 「あきらめちゃダメだっ!」  俺は叫んだ。 「ナマってようがなんだろうが、そんなこと 関係ない。だって……だって、君はそんなに いい顔で笑えるじゃないか!?」  標準語などというものは存在しない。  確かにそう呼ばれる言葉もあるけれども、 それだって町ひとつ隔てれば微妙に変わる。  そんな程度のことなのだ。 「君がナマリを治すのにこだわらないなら、 もっと素敵な方法を俺は知ってるんだよ」 それは自然に振る舞うこと。 自信を持って、自分の言葉を使うこと。 「……わたしのことば?」 そうだよ、と俺はうなずいた。 「キミが一番のキミらしさを引き出せるなら、 それがキミだけの素敵な魅力になるんだよ」