第 1 話

旅立ちの日 -Bパート-


「お母さん!どういうことなの?!」

「ごめんなさい。ごめんなさい・・・・・・。」

ノーマは涙声でただひたすら謝った。レイアもそれ以上責めることができなくなってしまった。

「説明してください。・・・・どういうことなのか。・・・私にわかるように。」

レイアは話の矛先をアレックスに変えた。アレックスは腕組をして少し考えた後、話を切り出した。


 絢爛豪華に飾られた高い天井の部屋。ホテルのホールのような広い部屋の壁は、装飾品と鉢植えの植物で飾られていた。その部屋は普段は国王の接見室として使われる部屋である。だが、今日はこの部屋の雰囲気には明らかにふさわしくない異様な機械が設置されていた。OAデスクのようだが、電子機器が埋め込まれていてスイッチや点滅するパネルがある。

新アラミス暦94年9月5日、今日はアリステア王家に伝わるミューン伝授式の日、つまり双子の王女の3歳の誕生日である。

 国王と王妃の前に侍女に連れられた2人の幼い女の子が立っている。まるで女神のような服装だ。その前に、黒い神官服をまっとった上品な感じの白髪の老人が歩み寄った。

「今日、3歳になられたお2人の姫君に、我が王国の伝統により、正当な血統のあかしであるブレスレットを・・・・・・。」

2人の姫の両サイドに立っていた若い男の神官から侍女に、それぞれブレスレットが渡された。侍女はそのブレスレッドを王女たちの左の手首にはめた。

「このブレスレッドは、お2人の姫君に幸福と、新たなる力を授ける。アルファ、新たなる記憶を彼女らに授けたまえ。」

アルファと呼ばれた女性神官は、制御デスクの前にいた。

「システム異常なし。データ転送開始。」

一瞬だけブレスレッドがグリーンに輝いた。が、すぐ納まった。

「終了しました。」

神官はアルファの言葉にうなづき、2人の前にかがんだ。

「クレア様とレイア様に祝福を。」

その時だった。大きな爆発音と共にホールの一番後ろにある10メートルほどの両開きの扉がバラバラになって飛び散った。部屋の中に破片が散らばり、煙が漂う。

「何事か!」

国王が立ち上がる。

「フレックス王、ユリ王妃、こちらへ。お前たち!姫様をお守りするのだ。」

衛兵隊長が叫ぶ。王は王妃を抱えて椅子の後ろへすばやく退いた。
20人の衛兵に対して相手はその2倍はいる。衛兵は一人また一人と倒されていく。

「キャー!姫さま!」

「しまった!姫!」

「レイア!クレア!」

衛兵の隙を突いて巨大なカブトムシのようなモンスターが2人の姫を抱え込み、すばやく部屋の外へ出て行く。叫ぶ侍女、衛兵、国王。

「させるかぁ!アイゼル、アッシュ!姫を取り戻せ!援護する!」

2人の衛兵が目の前のモンスターを蹴散らして姫を抱えたモンスターに肉薄する。衛兵隊長は2人に襲い掛かろうとするモンスターを切り伏せる。

「我が主の命により、娘はもらって行く。」

モンスターは流暢な言葉をはき捨てる。
他のモンスターが入り口をふさいでアイゼルとアッシュの行く手を阻む。

「おのれー!姫様ぁ!」

「まてぇ!邪魔だ雑魚ども!」

立ちはだかるモンスターを2人は夢中で切る。モンスター達は後退を始めた。

「おのれ!逃がすなぁ!何としても奪回しろ!街から一歩も出すな!城壁を閉じてアクセスポイントの警備も強化しろ!それから第3軍に連絡して対応しろ!」

隊長の叫びに1人の衛兵が部屋の外へ跳んでいく。

「何ということだ!こんなことがあっていいのか!くそっ!」

隊長はサーベルを床に叩き付けた。
部屋には血や敵モンスターの機械油の匂いが漂い、王妃や侍女達のすすり泣く声がむなしく響いていた。


敵は各所に引かれた軍の警戒網を突破して、アリステアにあるフェニックスのアクセスポイントまでやってきた。

 フェニックスシステムとは、人間などのごく小さい質量の物体をエネルギーに変換して相手のアクセスポイントへ転送する一種の輸送機関である。アラミスには前世紀にこの輸送ネットワークが張り巡らされていた。これによって惑星上でアクセスポイントがある場所へはきわめて短時間で移動できた。現在もこれらは残っていて、この一部が利用可能な状態である。

 「うわぁ!」

最後の兵士も倒された。アクセスポイントの建物には入り口から死体や怪我人が転がっていた。

「早くしろ!指定ポイントへ転送する。」

既に意識を失っている姫君を抱えたモンスターが、手下のモンスターに制御パネルの操作を指示する。そこへ追撃してきた衛兵達がなだれ込んできた。

「われわれの名誉にかけて!きさまらは許さん!」

すでに途中で数が減り、15体しかいないモンスター達は慌てふためく。

「何をしている!転送を開始しろ!」

ボスモンスターが叫ぶ。1体のモンスターが転送パネルのスタートボタンを押した。

「まずい!転送を止めさせろ!」

1人の衛兵が操作をしていたモンスターを叩き切って、操作パネルのキャンセルボタンを押そうとしたとき、パネルが火を吹いた。モンスターの出した酸性の液体のためだった。
モンスターと両脇に抱えられた王女達が金色の光に包まれだす。そして、体が透けはじめ、しばらくして完全に姿を消した。

「くそぅ!なんてことだ。」

隊長は愕然としてその場にしゃがみこんでしまった。

「隊長。負傷者の手当てをしませんと。」

「ああ、そうだったな。後始末ぐらいはきちんとしなければな。」

副官に諭され、立ち上がった隊長は重い足取りで転送室を後にした。


「そんなことが・・・・・。」

レイアは歩道に置かれた石造りのベンチに座り込んでアレックスの話に聞き入っていた。

「私が知らされているのはここまでです。我々もあなたが生きていて、身分を隠して生活しているという話は先週知られたのです。」

「そういうことだから、我々はあなたについては本当の身分と容姿、居場所と合流する予定の場所しか知らされていませんでした。」

アレックスの言葉をジークが補足する。

「そうだったんですか・・・・。でも、お母さん、私はどうしてお母さんとお父さんに育てられることになったの?」

泣き止んでレイアの隣に並んで座っていたノーマがレイアへ視線を向けた。

「そうね。・・・・全てを話すわ。」

ノーマはレイアの肩を抱いて語り始めた。


「よーし、クリス。モエシアについたら、まずどこに行こうか?」

ジャック・ライカーはヘキルノのアクセスポイントの転送室にいた。久しぶりの長期休暇をもらって家族そろってカータオン共和国のリゾート都市モエシアに旅行するためだ。

「ライカーさん、転送を開始します。よろしいですか?」

「ああ、やってくれ。」

ジャックは転送オペレータにOKサインを出した。オペレータは転送スタートボタンを押す。3人の体は金色の光に包まれ転送が開始された。だが、すぐに管制室に警報が流れ出す。壁のディスプレイには赤い字で警告メッセージが点滅している。

「な、何だこれは!・・・・・・転送エラーだ!何かがこちらに強制転送されてくるぞ!」

オペレータの悲痛な叫び。

「排他制御が働きません!」

「すぐに手動に切り替えて今の転送をキャンセルしろ!危険だ!」

チーフオペレータとオペレータが懸命にコントロールパネルを操作する。ノーマの周りの光が消え、続いてジャックの周りの光も消えつつあった。

「だめだ!間に合わん!」

既にクリスはエネルギー変換が完了していて相手先への転送は開始されていた。そして、新たに別の光が輝きだした。

「これでは、男の子の変換エネルギーが復元できなくなるぞ!」

「なんてことだ!」

クリスのいた場所の天井と床が赤く光ったかとおもうと、火花が吹き出した。

「うわぁぁぁぁ!」

「きゃぁぁぁ!」

転送装置から爆発が起こり、ジャックとノーマが弾き飛ばされ、壁に叩き付けられた。

「な、なんなんだ・・・。」

起き上がった2人の前には小さな女の子が座っていた。

「こんにちは。あたしレイア!おじちゃんは?」

「ああ、私はジャックだ。ううぅ。」

ジャックはそこで始めて自分の右足に壊れた転送装置の部品がのしかかっていることに気づいた。チーフオペレータが跳んできて邪魔な瓦礫を取り除いた。

「医者だ!すぐに消防警察に連絡だ!」

オペレータが廊下へ走っていった。

心配そうな目で女の子はジャックを見つめる。

「大丈夫?痛い?私が少しだけ治してあげる。」

女の子は傷口に手をかざした、すると痛みがすぅっと和らいだ。女の子はびっくりしているジャックの顔を見て微笑んだ。


「何ですって!クリスが消えた?」

ジャックは消防警察の救急隊員に右足を応急手当されながら、オペレータに向かって叫んだ。ノーマはすでに別の救急車で病院へ向かっていた。

「申し訳ありません。他のアクセスポイントに問い合わせましたが、どこにも実態化していません。恐らく先ほどの爆発は、息子さんの変換されたエネルギーが、どこから送られてきた割り込みデータと接触して起きたものと思われます。」

「というと、私の息子は爆発してしまったとでもいうのかね?君は!」

「・・・・・・・・・・・・申し訳ありません。」

ジャックはがっくりと首を垂れた。

「そんなばかなぁぁぁぁぁ!」

焦げ臭い部屋にジャックの叫び声がむなしく響いた。

「はい。おじちゃん。男の子は泣いちゃいけないんだよぉ。」

レイアはそういってジャックに花柄のハンカチを差し出した。

「お嬢ちゃん名前は?」

ジャックはハンカチを受け取り頬を拭きながら尋ねた。

「レイアっていうの!よろしくね。」

レイアは笑顔で答えた。

そこへメモを持ったオペレータが走ってきた。

「ライカーさん、事故の原因が分かりました。アリステアで王女の誘拐騒ぎがあったようです。もしかしたら、この女の子は・・・・・・・」

「王女!」

ジャックの突然視線が鋭くなる。

「まさか、フレックス国王の双子の娘の1人・・・・・・・。君、この事は他言無用だ。電話を借りるぞ。」

ジャックはアリステア国軍の身分証明書を見せながら、制御パネルの電話を取った。

「王室情報局長のエドモンド准将をお願いします・・・・・・・。親友のジャックがイベントのことで話があると伝えていただければわかります。」

ちらっと、レイアをみる。彼女は相変わらずにこにこ微笑んでいた。

「国王陛下、お久しぶりです。ジャックです。実は・・・・・・・・・・・・」

クリスがいた場所の残骸とレイアを見ながら、目の前で起こったことを電話の相手に話しはじめた。目に浮かんだ涙を必死でこらえていた。


「結局、再びねらわれるのを恐れてアリステア国王は私とジャックにあなたを預けたの。身分を偽って私たちの子供として。」

ノーマがレイアの肩から手を放した。

「そう・・・・・・・。でも・・・・なんで今更・・・・私は今までのようにお父さんとお母さんの子供でいいのに!」

レイアが立ち上がって叫んだ。アレックスが一歩前に出た。

「レイア姫、我々・・・いや、アラミスの危機なのです。いま、この星はゾームという謎の集団によって存亡の危機に瀕しているのです。この事態を救えるのはあなたしかいないんです!」

「でも・・・・。私は・・・・・今はただの1民間人にすぎません。」

「しかし、あなたはアリステアの外交官となるはずだったのでしょう?外交官は民間人ではないんです。その外交官と多少身分が変わるだけです。」

「そ、そんな簡単に・・・。」

俯くレイアの前の歩道に大きな影が映った。レイアが顔を上げると父ジャック・ライカーが立っていた。

「お父さん。」

「レイア、行ってきたらどうだ?」

「でも・・・・。」

「おまえももう大人だろう。真実を自分の目で見て判断する事が必要だ。ここでこうしていても真実は見えてこない。」

「真実?」

「そう、この世界のこと、おまえの本当の両親のこと、自分自身のこと。・・・・・・・自分で行動しなければ答えは得られない。もちろん、自分の人生だ。他人がとやかく言う権利はない。自分で何をすべきかは自分で決めろ。」

「自分で決める・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

レイアは父の言葉を噛み締めた。今までは自分で決めていたようでも多くの人の助言を得ながら過ごしてきた。これほど大きくこれほど難しい判断は必要とされたことがなかった。

「レイア姫。」

「レイア・・・。」

アレックスとノーマがそれぞれ声をかける。レイアは交互に2人の顔を見る。そして、ジャックに視線を移した。ジャックはただ微笑むだけだった。

「私・・・・・・・行きます。王女なんていわれたってぴんとこないけど、外交官としてはこの仕事を放り出すわけにはいかないもの。」

レイアは父親同様の笑みを浮かべた。

「レイア。」

「レイア姫。」

「行きます。お父さん、お母さん。・・・・・・行ってきます!」

レイアが立ち上がった。そのレイアの肩をジャックが軽く叩いた。

「そうか・・・・・くれぐれも体には気をつけてな。」

「レイア・・・・・・。」

ノーマは再び涙ぐんでいた。

「お母さん・・・・・・。」

レイアはノーマと一回しっかり抱き合うと、アレックスともう一人の青年の方へ振り返った。

「ということで、レイア・ライカーです。これからしばらくの間よろしくお願いします。」

「ちがうだろ。レイア・アリステアだ。」

レイアが会釈するとジャックが横から口を挟んだ。

「そ、そうね・・・・・。なんか変だわ。」

「じきに慣れるさ。」

「うん・・・・。とにかくよろしく。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「よろしく。」

アレックスと青年はレイアに敬礼し、その後にジャックとノーマに敬礼した。

「娘を・・・・王女を頼むよ。」

「よろしくお願いします。」

「無論です。この命に代えても、レイア様をお守りします。」

ジャックとノーマの言葉にアレックスがはっきりとした口調で答えた。
恒星ツーラは既に西の空に沈みかけていた。


決心してアリステアへ向かう準備を進めるレイアたち。
そこで明らかになる、レイアとジークの過去。

次回

思い出の地

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