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情報コンセントのあるリゾート:長野県・安曇村 無線でペンションに専用線を引き込む [Saturday, February 7, 1998 松浦 晋=日経MAC]
客室にはイーサネットのコンセントがあり,専用線でインターネットに常時接続できる 部屋のコンセントの横には10BASE-TのEthernetケーブルのさし込み口があった。パソコンを接続してブラウザーを起動すると、見慣れたホームページが次々に表示される。 横で見ていた岩田健二さんが,どんなもんだい,という顔で笑った。「どうです。速いでしょ」。確かにここが標高1500mを超える山奥のペンションとは思えなかった。 松本市から車で約40分,安曇村は乗鞍岳の裾野に位置し,白骨温泉,乗鞍高原スキー場,上高地を擁する観光地だ。今年2月から,スキー場を中心としたペンション群では泊まり客へのインターネット専用線接続サービスが始まった。最初にこの計画に参加したのはペンション,学校,村役場など18施設。特にペンションでは全ての客室に10BASE-Tのさし込み口が設置され,客は電話料金を気にすることなく時間無制限でインターネットを使用することができる。ネット・サーフィンもメールを読むことも自由自在。都会のホテルでも専用線接続を提供しているところはまずないだろう。
電子メールでスキーに来よう 岩田さんの現在の肩書きは安曇村役場総務課の嘱託。しかし最初から役場に就職していたわけではない。かつて岩田さんは,東京で鍼灸治療院を開業していた。 その頃の岩田さんの楽しみは週末ごとの安曇村通いだった。「10年近く毎週末通いましたよ」安曇村の自然と風物がすっかり気に入っていたのである。通い続けるうちに地元の人々とも交流が生まれ,最後には「こっちに住めば」という声もかかるようになっていた。 転機が訪れたのは1996年の春だった。子どもが生まれたのを契機に東京を引き払い,郷里の大分に帰っていた岩田さんのところに,安曇村から連絡が入る。「村営の温泉宿の管理人の席が空いた。安曇村に来ないか」決断はほとんど瞬時だった。1996年4月,岩田さんは村営温泉宿舎「銀山荘」の管理人になり,村役場の職員という肩書きを持つことになった。収入の良い鍼灸治療師の仕事を振り捨てての転身だった。 この時すでに岩田さんは,「宿の経営にインターネットを使ってやろう」と考えていた。空室状況や雪の状態などをホームページに掲載し,電子メールで予約を受け付ける。ホームページをYahooのような検索エンジンに登録しておけば宣伝になるし,毎日雪や天気の状況を更新していけば,お客さんも安心して安曇に来れるようになる。電子メールで予約を受けるようにすれば,電話の前でやきもきしながら予約が来るのを待つ必要もない。電話番以外の仕事に集中することができるだろう。というわけで。岩田さんは松本市にあった長野県中小企業情報センターが始めたプロバイダーのユーザーとなった。 他のペンションや温泉宿の経営者達は岩田さんの取り組みに半信半疑だった。「インターネット?,それが何の役に立つの」というのが一般的な反応だった。 ところが役に立ったのだ。ホームページは珍しさも手伝って,あちこちのメディアに紹介された。それ以上に意味があったのは,電子メール経由の申し込みはかなりの数に上り銀山荘の経営に大きく寄与したことだ。結局岩田さんが銀山荘の管理人を辞める1997年12月までの間に,600組以上のお客さんが,電子メールで宿泊を申し込んできた。電子メールによる客層も,決して若者に偏ってはいなかった。むしろ会社で四十の手習いとしてパソコン利用を強制されたような中年ファミリーの申し込みのほうが多かった。 安曇村は,不況にあえいでいた。バブル経済最盛期には年間14億円あった年間のスキー場の収入は,半分の7億円にまで減った。その中で銀山荘の収支は,対前年比で増収となった。 ペンション・オーナーらの目の色が変わり始めた。 そのタイミングを逃さず,岩田さんはインターネットの講習会を始めた。「今でも覚えています。私はとりあえずコーヒーカップを6つそろえてみんなが来るのを待ったんです。そこに30人以上の人が来ました。ところがこちらが『これがNetscapeでFTPというのはこのようなもので…』と説明をしていくうちに人が減り,はっと振り向くとごそっと聞いている人が減っているという,そんな状態でした」 それでも興味をしめしたオーナー達に岩田さんは2つのことを要求した。まず自分のメールアドレスを持つこと,そして自分でメールに返事を出すこと。最初は各ペンションのホームページ作成は岩田さんが代行した。96年10月には有志による「安曇村Internet倶楽部」を立ち上げた。 電子メールによる受け付けを始めたペンションは,それぞれ売り上げを伸ばしだした。その動きを見て,今度は安曇村役場が岩田さんの活動に注目し始める。地方自治体を巻き込めればしめたものだ。岩田さんは,次の目標への前進を開始した。1997年10月,村も巻き込んで任意団体の「安曇村サイバー・ネットワーク」が発足した。目的はペンション相互の専用線による接続,さらには役場や学校などの村の主要設備のネットワーク化だ。 国立公園内の環境に合わせ無線でインターネット環境を構築 安曇村は松本市と同じ電話の市外局「0263」に区分されている。つまり松本市へは3分10円で電話をかけられるわけだ。松本市に複数のプロバイダーが展開している以上,新たに安曇村でダイアルアップ接続のプロバイダーを立ち上げるのは無意味だ。岩田さんは最初から専用線接続を狙った。「よく『ここは携帯電話が通じないから来れない』というお客さんがいるんですよ。でも専用線接続ならば料金を気にせずに自分のメールを読むことができる。もちろんここの良い環境の中でじっくり仕事をしてもいい。ペンションの側からすればいちいちダイアル・アップ接続をしなくても,24時間いつでも電子メールを受け取れるようになるわけです」。当然そこには,専用線を確保しておけば,スキー場の様子を流し続ける定点監視カメラや,アクセスしてきたユーザーが必要な情報を検索して取り出せる,データベース・サーバーを置くことができる,という狙いもあった。 サーバー類はすべてマックを使うことにした。「というか,おそらく操作が簡単なマックでないとサーバーの立ち上げなんて私にはできなかったでしょうね」と岩田さんは言う。 ここで問題になるのは配線をどのようにして行うかだった。ペンション群は乗鞍高原全域に散財している。しかもこの地域は国立公園なので,木を切ることも配線用の柱を立てることもできない。 そこで考えたのが無線LANだった。広い乗鞍高原を電波を使った無線LANで結ぼうとしたのだ。
そこから先はほとんどが無線による接続だ。カナダのAironet Wireless Communications社製の無線ルーターでそれぞれのペンションまで電波をとばす。使用する電波は周波数2.4GHzで出力は10mW。法律上は微弱電力に分類され,免許なしで使用できる。それでも2kmは電波が届くし,指向性の強い,つまり一方向に電波を集中できるアンテナを取り付けると最大で9kmも電波を届かすことができると言う。 ペンション側も同じ無線ルーターを持ち,電波を送受信する。受信したデータは屋内のハブを経由してペンション内の各々の部屋に配信される。また,必要に応じてもう一つ別の無線ルーターがハブ経由で接続され,さらに別のペンションへと電波を送るようになっている。サーバー類や無線ルーターを初めとした初期投資は村がお金を出し,それとは別に各ペンションは接続料として毎月1万5000円を支払うという仕組みになっている。 と,説明するのはやさしいものの,実際のネットワーク構築はそう単純ではなかった。2.4GHZの電波は,直進性が強く,途中の障害物があると届かなくなっていまう。尾根の向こうに電波を届かすためには,途中で中継してやることが必要だ。さらには夏に葉がいっぱいに茂る落葉樹の林も電波の障害物となる。試験を行いながら慎重に,どこに中継用の無線ルーターを置くかを決めていかなくてはならない。当然雪や冬の低温への対策も必要となる。 昨年10月からの無線LAN敷設作業から,岩田さんに頼もしい相棒ができた。脱サラをしてペンション・オーナーとなって安曇村にやってきた村瀬基行さんだ。 「もう昨年の秋からは本業を放り出して,あちこち配線して回りました」と村瀬さんは言う。電波が届くかどうかのテストのために雪山を無線ルーターと自家発電装置をかついで登ったりもした。 「一番遠いペンションの場合,無線ルーターを使って6回中継をしてネットに繋いでいます。それでもきちんとデータは届いています」と岩田さん。 ペンションだけではなく,村役場,村立の学校などを結んで,当初目的としていたネットワークが完成したのは,今年のカレンダーも1枚めくった2月に入ってからだった。 地域の共有インフラストラクチャーに 安曇村の構想はこれで終わりではない。次に乗鞍高原だけではなく,白骨温泉や上高地も同じネットで結び,さらには一般家庭にまで専用線接続のネットワークを届かせようとしている。村全体に双方向のネットワークを張り巡らすことを狙っているのだ。よく小さな町村で伝達用に使われる有線放送を,双方向にしてより洗練させたもの,と言っても良いかも知れない。 計画当初には思いも寄らなかった話も出ている。乗鞍岳山頂にある東京大学の宇宙線観測所が,観測データを東京に送るのに,安曇村のネットを使えないかと問い合わせてきたのだ。岩田さんは山頂と乗鞍高原の間を,指向性の強いアンテナを付けた無線ルーターで結べないかと考えている。実現すれば,このネットが単なる有線放送の代わりではなく,安曇村にとって必要不可欠な社会的なインフラストラクチャーとであることを示す証拠になるだろう。 「(標茶町に)負けてしまったみたいだけれども,ここでも小中学生全生徒にメール・アドレス配布をやりますよ」と岩田さんはまだまだ意欲を燃やしている。 (98.2.7 長野県安曇村にて=松浦 晋)
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