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Webmasterは「警部補」:島根県・松江市 異色の警察ページを支えるマーケティング感覚 [Tuesday, February 17, 1998 松浦 晋=日経MAC]
松江からの情報発信を支えるのは松田修平警部補のマーケティング感覚だ 交換した名刺の肩書きは「警部補」だった。しかし目の前でホームページの概要を説明する松田修平警部補の口調はむしろ,売り上げを伸ばしつつある小売店の仕入れ担当のようだった。「ターゲットをフォーカスしなければいかんのです。そうしないとお客は来ないし,ブックマークにも登録してもらえない」 異色の警察ホームページ「松江警察署・松江八束防犯連合会」(http://www.web-sanin.co.jp/gov/police/police.htm)を支えているのは,松田さんの良い意味で警察官離れしたマーケティング感覚であるように思えた。 現在日本では,トップの警察庁を初めとして40以上の警察がホームページを設けている。けっこうな数だ。しかし,その多くは「流行しているので取りあえず作ってみた」の域からは出ていない。 「よく『啓蒙的』などと言うんですよ。『信号を守ろう』とか『お年寄りは交通事故に遭わないように光を反射するベルトを身につけよう』といった内容が載っているから。こうなってしまうのは,それまでの警察の広報活動が,子どもとお年寄りのことしか考えていなかったからです」と松田さんは言う。「でも啓蒙的な内容のホームページを何回も見に来る人はいませんよね。それ以前にインターネットを使う子どもやお年寄りがどれほどいるかという問題がある」 しかし松田さんがそう言い切るようになるまでには,経験の積み重ねが必要だった。 最初は『啓蒙』だったが 松江警察署のホームページがスタートしたのは,1996年の1月。松田さんの発案によるものだった。その前年から県庁所在地の松江ではプロバイダーが活動を開始し,インターネットが利用できる環境が整いつつあった。「ホームページというものがインターネット上で増えているのは知っていました。こういうものは早い者勝ちで早く作った方が話題になると思ったんです」と松田さん。 もう一つの狙いもあった。「ホームページを作っておけば,リンクを張ったり張られたり,色々な交流も生まれたりして,これから情報化時代が来ても,みんなと一緒にわっと新しい時代についていけるだろう」と考えたのだ。それまでにパソコン通信を使った経験があったというから,それなりに下地はあったにしても,96年初めの時点としては「かなり勘を働かせた」選択だったと言えるだろう。 しかし最初の3カ月,松江警察のホームページを見に来る人はまれだった。「当然です。中身がなかったんです。『啓蒙的内容』しか掲載していませんでしたから」 当時署内にはホームページ開設に反対する意見もあった。誰も見に来ないホームページでは「ほら,そんなもの作っても無駄さ」ということになってしまう。さらにホームページ開設の目的には「事件捜査に役立つ情報を電子メールで得られないか」ということがあった。有用な情報が寄せられるようになるためには,まずなによりもホームページの存在が広く知られてたくさんの人がアクセスするようにならなければならない。そもそもホームページが無名では,情報が寄せられるはずもない。 ホームページへのアクセスを増やすための,松田さんの試行錯誤が始まった。 マーケットをフォーカスしより深い内容を提供 現在の松江警察署のホームページを見てみよう。どのページも画像が少ない,文字主体のページだ。「インターネットの本質は文字情報です」と松田さん。「画像いっぱいで表示に時間がかかるようじゃだめです」 しかもその文字主体の内容のタイムリーさと深さが尋常ではない。ここ数年話題になっている女性に対する付きまとい,いわゆるストーカーについてその種類や対策についての詳細な記述が載っている。あるいは神戸の小学生殺害事件に関しては,過去に発生した類似の事件について,興味本位の週刊誌など及びも付かないほどの事例が掲載されている。かと思うと,「援助交際」を主題にした連載小説が掲載されており,その一方では松江警察の婦警さんが日記を書いている——「アイドルからの一言」というコーナーもあり,ここではアイドルへの登場依頼の経過までがリアルタイムで公表されているとという凝りようだ。「横断歩道を渡りましょう」などと掲載していたことを考えれば驚くほどの内容の充実振りだ。 このやりかたを,松田さんは「マーケットにフォーカスする」という言葉で説明する。「例えば女性からのアクセスを集めるために,今まさに女性が心配している『つきまとい』の問題についてきちんと深い内容を持ったページを作るわけです。同様に若者のアクセスを集めたければ非行とか進学の問題を扱ったページを作るというように」 特に力を入れたのは大学生の興味を引くページを作るということだ。「だって,24時間専用線接続という今もっとも恵まれた環境でインターネットを使っているのは,間違いなく大学生でしょう。だから法学部の学生が卒論を書くために必要な情報を掲載しておけば必ず見に来るはずだし,そうなれば口コミでホームページの存在も知れ渡るはずと考えたんです」。更新にも気をつかった。見に来るたびになにかしら新しい情報が掲載されていれば,自然と繰り返しやってくる人も多くなるからだ。 インターネットを一つのマーケットとして見て,そこから最大のアクセスを集めるためにはどうしたらいいのか——その答えは対象を絞り,充実した情報を継続的に提供することだった。 それだけの努力をした甲斐はあった。松江警察署のホームページは「警察らしからぬ面白いページ」「充実した内容を持つページ」として知られるようになる。それにつれてマスコミへの露出も増えてきた。96年には日本経済新聞社の「'96日経インターネットアワード」も受賞した。 東京に勝てるかも… ホームページの充実に努めるうちに,松田さんはインターネットが持つ途方もない可能性に気が付いた。「例えば犯罪学の文献を読むとして,今までだったらとにかく地方ですからまず本が入手できないし,入手できてもそれを起点に関連文献を読み進んでいくことはまず出来ませんでした。ところがインターネットなら,まず最初の本に掲載された参考文書や人名を検索エンジンにかけると,新たな手がかりが入手できます。それを頼りに今度は電子書店の書籍の検索サービスを利用すると欲しい本が見つかり,しかも通信販売で確実に入手できるんですね」。なまじ都会で情報に追われるよりも,地方でインターネットを使いこなしたほうが,腰の据わった深い調査ができるのではないか,と松田さんは考えるようになった。 そこまでインターネットを使いこなすようになると,現状への不満も出てくる。今一番の不満は,社会学や犯罪学の論文の全文がインターネットで入手できないことだという。「大学は怠慢だと思うのですよ。論文などは学生の卒業論文に至るまで当然データペースに登録して検索できるようにするべきだし,必要に応じてその全文を引き出せるようになっているべきですよね。とにかくインターネットにはまだまだ深い内容のコンテンツが不足していると思います」 双方向メディアを目指して 昨年12月,松田さんはもう一つの冒険に乗り出した。ホームページ中に掲示板を作り,自由に意見を書き込めるようにしたのだ。「警察が運営する掲示板」ということでいたずらや悪質な書き込みがあることが予想されたが,「それよりも直に市民からの意見を聞けるメリットのほうが大きい」として設置に踏み切ったのだった。 「いや実際,悪質な書き込みとはイタチごっこです。神戸の殺人事件の犯人の中学生の実名を書き込む輩がいたりして気が抜けません」。悪質な書き込みは消去で対抗するが,警察に対しての批判は消さない。「むしろ批判というのはありがたいものだと思うのですよ。外からの目というのは必要ですし,そこから議論が広がって私たちを支持してくれる人も現れるわけですから。インターネットの本質は広く情報をやりとりできるということですから,メールだけではなくてすぐに意見を公にできる掲示板も必要なものだと考えています」 この双方向性は警察という閉鎖的な部分の多々ある組織に空いた小さな風穴と言えるだろう。これまで間接的にしか伝わらなかった「市民は警察をどう思っているか」が直接警察内部へ伝わるようになったのだ。地方警察の小さな試みだがその意味は小さくない。 「ただ,松江警察署への批判は甘んじて受けますけれど,例えば他の警察署の悪口が書き込まれるとちょっとつらいですね。『お前のところのホームページにウチの悪口が載っている』というのもちょっと…。でもそれは他の警察系のホームページには書き込める場所がないということをも意味しているんです」。そして松田さんは言う。「インターネットなんですから双方向性は絶対に必要なんですよ」 現在松江警察署のホームページは松田さんも含めて3人で管理している。3人とも所属している部署が異なり,顔を合わすことはあまりない。電子メールと電話を駆使して,「それぞれがSOHO的に仕事をして管理をしている」という。 今後の展開について聞くと,「必要な内容をすぐに引き出せるようにデータベース・サーバーを設置したい」という答えが返ってきた。「インターネットにはまだまだ深い内容のコンテンツが不足している」という認識から,「それならば自分で深い内容を提供しよう」という方向で将来展開を考えているのだ。 「とはいえ,この先どうなるかは分からないです。早い話私が転属になったら,Webmasterを引き継ぐというのも難しいでしょう。当然そこでおしまい,ということもあり得るかも知れません」。しかしここまで育ったホームページが辞令一つで消えてしまうのはいかにも惜しい。 ホームページには本質的にWebmasterの個性の発露という側面がある。松江のケースは,まさに松田さんという人なくしては,ここまでの進展はなかっはずだ。次の課題は松田さんがインターネットに触れることで得た知見や認識を,いかにして組織の中で共有していくかだろう。しかし,インターネットを使わない人にその利便を説明し,さらには実感させるのは非常に難しい。認識の共有の前には「インターネットを使う人」と「インターネットを使わない人」の間の,大きな格差が横たわっている。 (98.2.17 島根県松江市にて=松浦 晋)
松江警察署・松江八束防犯連合会
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